4月の頭、尾道の高根島の家での合宿に参加した。京都市立芸大院生の山根さんと中島さんたちが企画した学生のための4日間の合宿に映像作家の神吉さんと僕とで前半二日間だけ混ぜてもらったのだ。二日目からはカフェ放送てれれの下之坊さんも加わって、ゆったりと時間の流れる面白い体験ができた。この合宿で起こったことは一つひとつとても興味深く僕の記憶に残っていって、それらはいつか別の事柄と結びついて、何か新しい発見をもたらすのだろうなという予感が島にいる間中続いていた。
そんな記憶の断片の一つに二日目の夜中の会話がある。会話には、中島さん、山根さん、神吉さん、僕という4人が加わっていた。どういういきさつでそうなったのかは思い出せないけれど「制作するための環境」が話題になった。そこで「人と話をしたり意見を聴いたりしたいときには、回りに人がいて気軽に話せて、だけど集中して作業したいときには一人で篭もれるような環境がほしい」という意見が出た。多くの「つくることを仕事にする人」にとってそんな環境は確かに理想的で優れて創作的な環境と言えるだろう。でも僕はちょっと引っかかっていた。その時僕の頭に浮かんでいたのは、3歳の長男のことだ。
3歳児のもつエネルギーは凄まじい。自分の持ちうる限りの力で、その場にいる人の意識を自分自身にだけ注がせようとする純粋な意志は、その場にいる全ての大人の集中力を粉々に分断する。大人同士の会話に、出せる限りの大声で割り込み、膝や背中によじ登る。サッカーやバスケットボールの選手が巧妙に体を使って敵とボールを引き離すように、手にとるもの、見ようとするもの、聞こうとするものすべてを大人のもとから引き剥がす。
そんな3歳児のいる場所での集中力を必要とする作業は極めて困難だ。だから我が家も、制作のための環境として適切に機能させるために彼を保育所に預けることにした。集中出来る環境を確保するために。
しかしそれで本当に良いのだろうか。僕やマサ子が仕事をする理由の一つとして、子どもを含めた家族が食べていくためでもある。なのに、その仕事を効率的に行うために、「結果的に」家族である子どもをこの場から排除していることにはならないだろうか。もちろん、子どもを保育所に預けることが、すぐに子どもを排除することになるとは思わない。保育所には、子どもが同年代の集団に属することの意義もある。一般的な意味で、保育所に子どもを預けることが、子どもにとって望ましくない妥協的な措置だと言うつもりは全くない。
ただ、僕がなぜこれまでのような組織に社員や職員として雇われている仕事をやめて、自宅で制作業を行おうとしているかを考えると、このことは重要なポイントになってくる。つまり「遠く離れた職場へ通勤するのではなく、家族のいる我が家で家族とともに作業をすることで、僕にとってより幸せな環境で長時間を過ごすことができるようになる。また、その環境に近いところ、つまり地元に貢献できるような仕事をしたいという目的もあってこういう方法を選んだ」からだ。僕が僕の居心地の良い場所を求めることで、子どもをはじき出したことにはならないだろうか。あるいは、僕が集中したいときにはおとなしくしていて、僕が息抜きをしたいときには適度に相手をしてくれる子どもを僕は求めているのだろうか。
このことに関連して、もう一つ思い出した出来事がある。
2月9日に今回の合宿企画者の山根さんの展示の搬入を僕と忍ちゃんで手伝ったときのことだ。そういう経験は初めてのことだったので当初「搬入の手伝い」という言葉から、制作者の指示のもと、完成した作品や什器を運び、決められた場所に固定したりする作業を行うものだと思っていた。しかし違った。
その「作品」は、僕と忍ちゃんが会場に到着した時点では、ホームセンターで買ってきたままの角材、古びた物流用パレット、古びた椅子、ちゃぶ台、枯れて鉢から抜かれた植物、無造作に切られた木の枝などでしかなく、しかもそれらが雑然と床に積み上げられていた。かろうじて作るという作業が施されていると思えるものとしては、巨大なビニールのシートに雑誌や辞書やチラシなどをばらした紙が並べて糊付けされたものが、農業用マルチフィルムのように巻き上げられているだけだった。この時点で、かなりの驚きがあったのだけれど、それ以上にそれらを組み立て配置して行く過程で衝撃を受けることになる。
設計図といえるものはなかったが、制作者である山根さんの頭の中にはプランが有るようだったので、その指示にしたがって作業を進めていけば良いのだと思っていた。しかし、作業が始まってすぐ、作品の土台となる角材の枠を組む時点で、その当初プランが変わってしまった。なぜ変わったのか。僕が変えたのだ。
正確に言えば、「これどうしようかな?」とつぶやいた山根さんに、「上に乗せたらいいんじゃないの」と冗談で僕が返したのを彼女が「採用」したからだ。そのため、当初プランでは、地面から直立させるはずの木枠が、空中に浮かぶ形で他の木枠の上に不安定に放置されることになった。後からきいたところでは「上にのせる」アイディア自体ももともと検討されていたものであり、まったく予定になかったものというわけでもないとのことだったが、その後の作業と最終的な仕上がりに確実に影響を与えた。
作品のコンセプトや狙い、完成予想図もわからない、その時たまたま居合わせたアートと無縁に近い人間のその場の思いつきが採用されたという事実には、もはや驚きを通り越して不安さえ感じたが、同時に自分の感覚と意識がまだ見ぬ「作品」に吸い寄せらていくような気分にもなった。その後も、一つひとつ物を配置しては変更するという作業を繰り返しながら、結果的に複数の僕のアイディアが採用されて、作品は「完成」してしまった。このプロセスは、まるで魔法のように僕を魅了した。
この作業は、完成した物を運び入れるという意味での「搬入」というよりはむしろ、制作の一工程、それも最終的な仕上がりを決めるかなり重要な「制作」工程に位置づけられるべきものだ。それに僕は参加した。その結果、出来上がった作品は、半ば僕自身の作品のようにすら思えてきたし、事実、打ち合わせにかこつけて、僕は後日、「この作品を見てもらうために」神吉さんを会場に誘っている。
カナダの大学で学んだ山根さんによれば、カナダなどの「搬入」作業には通常一週間程度の期間をとられているらしい。こういう作業をゆっくりと時間をかけて行うのだと言う。もしその作業が今回のように他者の関与を受け入れて行うのだとすれば、それはとても幸せな時間になるのではないだろうか。
作業の内容によることは承知の上であえて考えるのだけれど、作ることに対して他者の関与があることは幸せな作業であるための要素に成り得るのだ。
さて、実はこの長い文章を作る上で一つの試みをした。もともと僕の作文手法は、かなり詳細な表現まで含めて頭の中で構成を組み立てておいてから、最終段階としてパソコンや紙などの活字に起こす。頭の中での組み立てをなんども繰り返すことで、文章の要素となるエピソードや言い回しが提示され、活字になる時点でその可能性の中から拾い上げ、並べられるようなイメージだ。作文作業の前半は、道具を用いずに考える事で費やしている。
今回、その構成を考える時間を、あえて子どもとともに過ごしながら行った。具体的には今日の16時半から20時まで3時間半にわたって、子どもと一緒にブロック遊びをし、ご飯を食べ、お風呂に入りながら、この文章の構成を練った。そして、彼を寝かしつけた後、20時半から23時半の3時間でパソコンによって活字化した。活字化する時間はとなりにマサ子がいたけれどほぼ一人でキーボードをたたき続けた。もしも、頭に思い描いた文言がそのままデータとして入力され、それが部屋のどこかか、あるいはメガネのレンズなどに表示できるとしたら、後半のパソコンを使った3時間も、子どもと一緒にいながらにしてできる作業かもしれない。
3歳の子どもが大騒ぎする騒々しい空間で、その相手をしながら制作が行えるのかどうかの結果が、この約3700字の文章である。制作するものが文章であればこの程度のことはできるということの証明にはならないだろうか。
身近で日常的な事柄を丁寧に見つめて制作していきたいと思っている僕にとって、この騒々しい空間を制作のなかにとりこむことは他にはない価値を生み出してくれるような気が少しだけしはじめている。
もっとも、食事中にマサ子に「何考えてるの?」と聞かれたし、子どもにも「おとうさん!、おとうさん! 聞いてるの!」と大きな声を出されたりしたので、今ひとつスマートな創作作業とは言えなかったようだが、訓練を積むことで、そのあたりも緩和されるだろう。考えている時に黙りこんでしまわずに、考えていることを声に出してまわりに問いかけてみるとなお一層広がりのある創作活動になるかもしれない。不気味かもしれないけど。
本来であれば、ここから校正作業を行うのだけど、今回はそれを割愛した。そのため、詰め切れていない部分も散見されるがあえてここで作業を終えることにする。
文中、勝手に名前を出してしまったみなさん、ごめんなさい。問題あればご連絡ください。直ちに対応します。
注:そうはいってもやっぱり子どもがいるとできないことも多いので、保育園には頼ります。
注:本文中に誤字脱字を見つけた場合は、公表後も見つけ次第直します。
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