ゴールデンウィークに上映会イベントを実施します!
ぜひご参加を!
チケット、あります。
大谷
【お知らせ】--------------------------------------
映像のチカラ~障害者が地域へ発信~
------------------------------------------------
映像にはチカラがあります。時に魅力的で時に暴力的で、
新たな価値に気づかされたりします。そんな映像のチカラ
をつかって障害者が街で生きることについて感じ、話し、
何か新しい価値に気づいてもらえたらと思います。きっと
障害があるなし関係無く生きることについてチカラをもらえ
ることでしょう。
障害者が主役となった映像「ここにおるんじゃけぇ」「生きていく」や
障害者自身が撮影した映像「波那本豊の休日」、そしておおさか
行動する障害者応援センターが制作した映像「SHODAN~障害者
ボランティア集団」を上映し、制作者や出演者と「映像から見た地
域で生きる障害者」をテーマにトークショーを行います。
【日時】2010 年5 月2 日(日)受付10:00 ~終了16:10
【会場】リバティホール( 大阪人権博物館内)http://www.liberty.or.jp/
大阪市浪速区浪速西3-6-36 tel 06-6561-5891
【料金】1000 円(未就学児無料)
※入場料のみで当日の会場への入退場(何度でも自由です)
《プログラム》
10:00 受付開始
10:30 ~ 12:10 映画『ここにおるんじゃけぇ』上映
12:10 ~ 13:00 休憩
13:00 ~ 14:30 トークショー「地域で生きる」
『波那本豊の休日』『SHODAN ~障害者ボランティア集団』上映
14:40 ~ 16:10 映画『生きていく』上映
《主催・チケット購入・お問合せ》
NPO 法人おおさか行動する障害者応援センター
上映会「映像のチカラ」担当:福島、梅田
tel:06-6357-5797 mail: o-center@giga.ocn.ne.jp
〒530-0035 大阪府大阪市北区同心2 丁目2-5ウツミビル101 号
【後援】映像発信てれれ、大阪ボランティア協会、ふとっちょの木、まるネコ堂
この事業は、大阪府福祉基金地域福祉振興助成金を活用して行っています。
★NPO 法人 おおさか行動する障害者応援センターとは、
大阪で暮らす障害者が中心となり1979 年に設立した市民活動団体。
20 代から70 代までの障害者会員と、活動をサポートする応援者会員、
資金面で協力する声援者会員で構成され、会員数は2009 年9月現在515名。
障害者の社会参加と暮らしやすいまちづくりを目指している。
3年ほど前からは障害者をテーマにした映像制作を開始、2009年度には
作品が3つのコンクールで入選や受賞。また、14年前から大阪市内で
作業所2か所を運営。21名の障害者が日常利用し、2009年度は一泊旅行
にも出かけた。
大阪市教育センターの協力で「いのちと防災を考える中学生プロジェクト」も
実施。
ホームページ:http://www14.ocn.ne.jp/~o-center/
<映画紹介>
『ここにおるんじゃけぇ』
監督/下之坊修子 制作/映像発信てれれ
2010年制作 ドキュメンタリー 97分
生後すぐに脳性マヒになった。
20才で強制不妊手術を受けさせられた。
100%母を恨んでないと言ったらうそになる。
誰にこのやるせない思いをぶつけたらよいのか。
強制不妊手術の不当性を訴えた前作『忘れてほしゅうない』で中心的な登場人物になった佐々木千津子さんの魅力に取り付かれ、カメラをまわす。ぶっ飛び障害者の彼女を撮ろうと4年ぶりに広島に乗り込んだ。しかし彼女は声をだすのもたいへんで、やせ細っていた。私は戸惑いながら日常を追っかける。自由奔放な性格は健在で、痛みややる気のなさも含め、ありのままの姿をさらけだす彼女の底力にどんどんはまっていった。
http://www.terere.jp/kokonioru.htm
『生きていく』
監督/神吉良輔 制作/ふとっちょの木
2010年制作 ドキュメンタリー 90分
競艇場でギャンブルをし、飲み屋で酔いつぶれる。
その男にとっては、特別なことではない。
たとえ人工呼吸器をつけていたとしても。
兵庫県尼崎在住の池田英樹(36歳)は27歳のときに、通勤途中で交通事故にあい、それ以来、首から下が動かず、呼吸は機械によって制御されている。そんな英樹がヘルパーと1年がかりで北海道旅行を準備する。事故当時の生きる気力を失っていた頃からは考えられない、呼吸器をつけて初の長期旅行。夏の美しい北海道で、両親やはじめてかかわるボランティアとともに喜びやトラブルを味わいながら…。達成感と喪失感を繰り返す生活の中で、人とかかわりながら、生きる力へつなげていこうとする英樹の2年間を見つめた作品。
2010/03/30
2010/03/25
アドバイス
これをした方が良いというアドバイスよりも、それはしなくて良いというアドバイスの方がありがたく思えることも多いのだけれど、多くの場合、これをした方が良いというアドバイスばかりしがちな気がする。
2010/03/24
ミッション
営利のためでなくミッションのための組織。なんてことを言うのだけれど、そのミッションについて。
そのことを考えると楽しくて面白くてやる気が出るようなミッションをもつ団体を増やすというミッションを持った団体をやりたい。
そのことを考えると楽しくて面白くてやる気が出るようなミッションをもつ団体を増やすというミッションを持った団体をやりたい。
2010/03/20
「教育」の再発見
もともと散歩が好きなので、休みの日はなるべく3歳の長男と散歩に行くようにしている。子どもも散歩が好きなようだ。
数ヶ月前のある日、散歩中に子どもが何気なく、道端に落ちている汚いビニール袋を「ごみが落ちてるなぁ」と拾い上げた。いつから落ちているか分からないごみを素手で拾い上げる子どもの姿には、さすがに抵抗を覚える。「ばっちいから捨てなさい」という言葉が喉まででかかったが、なんとか飲み込んで「そうだなぁ。そのごみ、どうしようか」と問いかけてみた。すると「おうちに持って帰ってごみ箱に捨てよう!」と元気のよい返事。子どもにそう言われると「そうしよう」と答えるしかない。
しばらく歩くとまたごみが落ちていて、それを拾う。拾ったごみが3つになって、両手でもっていられなくなると「おとう、ごみ持って」といって差し出す。「汚いから嫌だ」とも言えず、僕はごみを受け取る。
一旦そういう目で見始めると路上にはごみが溢れていることに気づく。雨に濡れてアスファルトにへばりついたティッシュペーパー、土に埋れた煙草の空き箱、車に踏まれて潰れたコーヒーの缶、コンビニ弁当を包んでいたラップ、そんなものを次々と拾っていく子ども。たまたま持っていたレジ袋を渡すと、喜んでそこへ集めて行く。
こういう状況にたいして「子どものしつけがきちんとできている」と思うかもしれない。「親のいうことを守ってなんて利口な子どもだ」と思うかもしれない。しかしそれは間違いだ。なぜなら我が家では一度たりとも「道に落ちているごみを拾いなさい」と教育したことはないし、子どもの前で親が道端のごみを拾ってみせた覚えもない。
もともと我が家は平均的な家庭よりも「ごみはごみ箱へ」のしつけはゆるいと思う。我が家を訪れたことがある人ならわかると思うが、ごみなのかそうでないのか曖昧なものが家中にかなり散らばっている。それにも関わらず長男はなぜ道端のごみをせっせと拾うのか。誰にもそんなことを教えられていないのに。このことは僕には大きな謎だった。
この謎につながるヒントを僕は別の方面から知ることになる。
昨冬、映像職人の神吉良輔さんの手伝い※で、大阪の労働者の街・釜ヶ崎で行われている子どもが中心となった「子ども夜まわり」活動に同行した。野宿での冬はとても厳しく、時には死者が出ることもあるため、それを防ぐために野宿者に声を掛けて体の具合をきき、おにぎりや味噌汁、毛布などを配る活動だ。子ども夜まわりというぐらいだから、主に小学生が行う。「なぜ、子どもが野宿者支援をするのか?」と疑問に思うかもしれない。それには訳がある。
釜ヶ崎の「子どもの里」という児童福祉施設が子ども夜まわりを始めたきっかけは、1983年に横浜・山下公園で起きた複数の少年による野宿者殺害事件である。このような襲撃の加害者の多くが、実は中学生・高校生の男子生徒だ。子どもたち自身が野宿者と話をすることによって、人としての存在に気づき、襲撃を減らすことが子ども夜回りの目的である。
しかし、襲撃をしてしまう少年たちもまた、家庭や学校で「優秀でなければ生きる価値がない」という優勝劣敗の価値観を強いられた「しんどい」状態に追い込まれていることがわかっている。そのはけ口が野宿者へと向かうのだ。
加害少年へのインタビューによると「社会のごみだから駆除した」という衝撃的な言葉が出てくる。彼らは野宿者を人としてではなく、社会のごみとして、認識している。実際に生きている人をそのように認識することは、もちろん簡単なことではない。いったいどういう過程を経て、彼らはそのような認識に至ったのか。
もっとも直接的な理由は、野宿者を見つけた子どもにたいして親が「近寄ってはいけません」と注意することだろう。そう言われた子どもは、同じ人間なのに、近寄ったり口を聞いたりしてはいけない存在があるということを学ぶ。
さらに、釜ヶ崎の街を歩くといやでも目に付く奇妙な物体もこの認識に一役買っている。例えば、通常、車線を区別するために列状に設置されるオレンジ色のポール。それが、まるでつくしの群生のようにびっしりと隙間なく路肩の一角に生えていたりする。その場所に野宿者が寝られないようにするためだ。また、小学校の塀の上に張り巡らされた水道管は、毎朝そこから放水し、壁際に寝ている野宿者を排除するためにある。公園のベンチの形状が複雑になり、単純な3人がけのものがなくなっているのも同じ理由、つまりそこに寝ることができないような「工夫」が施されているのだ。これらの物体の意味を子どもたちが知ったとき、彼らは何を学ぶだろう。
そもそも、何も知らない子どもにとって、路上で寝ている人というのはかなり奇妙な存在にうつる。しかし多くの大人は野宿者を完全に無視し、その横を通り過ぎる。それを見た子どもはどう感じるだろう。
当たり前だが、最初から人をごみとして認識するような子どもはいない。子どもたちは最初、野宿者を「人として」見たはずだ。しかし、多くの大人が、人として異常ともいえる状態にある野宿者を、風景として無視し、その状態で放置し、それどころか排除している。子どもたちは、野宿者を「人ではないごみとして扱うように」多くのおとなの「草の根差別意識」によって「教育」されたのだ。
僕は、「これをしたらよい。これをしたら悪い」と、学校や家庭で行われる明示的な指導が「教育」だと思っていた。しかしそうではなかった。社会の至る所で、僕を含む多数のおとなたちの、多くの場合は消極的で無自覚とも言える行為によって「教育」はなされるのだ。
僕の子どもが道端のごみを拾うのは、「ごみを拾いなさい」と教育されたからではなく、単に、道端のごみなんて放っておけばよいということをまだ「教育されていないから」に過ぎない。やがて、ごみを拾い続ける自分の横を無関心に通り過ぎる多くのおとなたちの存在に気がついた時、彼は拾う事をやめるはずだ。
僕たちはだれもが教育者であり、どの瞬間も多くの子どもたちを教育し続けている。
※神吉さんのお手伝いをして制作した映像はこちら。
「教材用DVD “「ホームレス」と出会う子どもたち」
追記(100322):
ただ、本文でちょっと書ききれなくてでも気になっていることがあって、たとえば「電車の中で化粧する女性」というのはこの場合、どういうふうになるんだろうなと。同じ論調で「そういう女性を見たから、そういうことをするようになる。だからやめるべきだ」というのはうまく説明しきれないけれど、ちょっと言い過ぎだと僕は思っていて、元になる行為の意味を見極めないと、こういう論説は逆に怖い世の中を作ってしまう。
数ヶ月前のある日、散歩中に子どもが何気なく、道端に落ちている汚いビニール袋を「ごみが落ちてるなぁ」と拾い上げた。いつから落ちているか分からないごみを素手で拾い上げる子どもの姿には、さすがに抵抗を覚える。「ばっちいから捨てなさい」という言葉が喉まででかかったが、なんとか飲み込んで「そうだなぁ。そのごみ、どうしようか」と問いかけてみた。すると「おうちに持って帰ってごみ箱に捨てよう!」と元気のよい返事。子どもにそう言われると「そうしよう」と答えるしかない。
しばらく歩くとまたごみが落ちていて、それを拾う。拾ったごみが3つになって、両手でもっていられなくなると「おとう、ごみ持って」といって差し出す。「汚いから嫌だ」とも言えず、僕はごみを受け取る。
一旦そういう目で見始めると路上にはごみが溢れていることに気づく。雨に濡れてアスファルトにへばりついたティッシュペーパー、土に埋れた煙草の空き箱、車に踏まれて潰れたコーヒーの缶、コンビニ弁当を包んでいたラップ、そんなものを次々と拾っていく子ども。たまたま持っていたレジ袋を渡すと、喜んでそこへ集めて行く。
こういう状況にたいして「子どものしつけがきちんとできている」と思うかもしれない。「親のいうことを守ってなんて利口な子どもだ」と思うかもしれない。しかしそれは間違いだ。なぜなら我が家では一度たりとも「道に落ちているごみを拾いなさい」と教育したことはないし、子どもの前で親が道端のごみを拾ってみせた覚えもない。
もともと我が家は平均的な家庭よりも「ごみはごみ箱へ」のしつけはゆるいと思う。我が家を訪れたことがある人ならわかると思うが、ごみなのかそうでないのか曖昧なものが家中にかなり散らばっている。それにも関わらず長男はなぜ道端のごみをせっせと拾うのか。誰にもそんなことを教えられていないのに。このことは僕には大きな謎だった。
この謎につながるヒントを僕は別の方面から知ることになる。
昨冬、映像職人の神吉良輔さんの手伝い※で、大阪の労働者の街・釜ヶ崎で行われている子どもが中心となった「子ども夜まわり」活動に同行した。野宿での冬はとても厳しく、時には死者が出ることもあるため、それを防ぐために野宿者に声を掛けて体の具合をきき、おにぎりや味噌汁、毛布などを配る活動だ。子ども夜まわりというぐらいだから、主に小学生が行う。「なぜ、子どもが野宿者支援をするのか?」と疑問に思うかもしれない。それには訳がある。
釜ヶ崎の「子どもの里」という児童福祉施設が子ども夜まわりを始めたきっかけは、1983年に横浜・山下公園で起きた複数の少年による野宿者殺害事件である。このような襲撃の加害者の多くが、実は中学生・高校生の男子生徒だ。子どもたち自身が野宿者と話をすることによって、人としての存在に気づき、襲撃を減らすことが子ども夜回りの目的である。
しかし、襲撃をしてしまう少年たちもまた、家庭や学校で「優秀でなければ生きる価値がない」という優勝劣敗の価値観を強いられた「しんどい」状態に追い込まれていることがわかっている。そのはけ口が野宿者へと向かうのだ。
加害少年へのインタビューによると「社会のごみだから駆除した」という衝撃的な言葉が出てくる。彼らは野宿者を人としてではなく、社会のごみとして、認識している。実際に生きている人をそのように認識することは、もちろん簡単なことではない。いったいどういう過程を経て、彼らはそのような認識に至ったのか。
もっとも直接的な理由は、野宿者を見つけた子どもにたいして親が「近寄ってはいけません」と注意することだろう。そう言われた子どもは、同じ人間なのに、近寄ったり口を聞いたりしてはいけない存在があるということを学ぶ。
さらに、釜ヶ崎の街を歩くといやでも目に付く奇妙な物体もこの認識に一役買っている。例えば、通常、車線を区別するために列状に設置されるオレンジ色のポール。それが、まるでつくしの群生のようにびっしりと隙間なく路肩の一角に生えていたりする。その場所に野宿者が寝られないようにするためだ。また、小学校の塀の上に張り巡らされた水道管は、毎朝そこから放水し、壁際に寝ている野宿者を排除するためにある。公園のベンチの形状が複雑になり、単純な3人がけのものがなくなっているのも同じ理由、つまりそこに寝ることができないような「工夫」が施されているのだ。これらの物体の意味を子どもたちが知ったとき、彼らは何を学ぶだろう。
そもそも、何も知らない子どもにとって、路上で寝ている人というのはかなり奇妙な存在にうつる。しかし多くの大人は野宿者を完全に無視し、その横を通り過ぎる。それを見た子どもはどう感じるだろう。
当たり前だが、最初から人をごみとして認識するような子どもはいない。子どもたちは最初、野宿者を「人として」見たはずだ。しかし、多くの大人が、人として異常ともいえる状態にある野宿者を、風景として無視し、その状態で放置し、それどころか排除している。子どもたちは、野宿者を「人ではないごみとして扱うように」多くのおとなの「草の根差別意識」によって「教育」されたのだ。
僕は、「これをしたらよい。これをしたら悪い」と、学校や家庭で行われる明示的な指導が「教育」だと思っていた。しかしそうではなかった。社会の至る所で、僕を含む多数のおとなたちの、多くの場合は消極的で無自覚とも言える行為によって「教育」はなされるのだ。
僕の子どもが道端のごみを拾うのは、「ごみを拾いなさい」と教育されたからではなく、単に、道端のごみなんて放っておけばよいということをまだ「教育されていないから」に過ぎない。やがて、ごみを拾い続ける自分の横を無関心に通り過ぎる多くのおとなたちの存在に気がついた時、彼は拾う事をやめるはずだ。
僕たちはだれもが教育者であり、どの瞬間も多くの子どもたちを教育し続けている。
※神吉さんのお手伝いをして制作した映像はこちら。
「教材用DVD “「ホームレス」と出会う子どもたち」
追記(100322):
ただ、本文でちょっと書ききれなくてでも気になっていることがあって、たとえば「電車の中で化粧する女性」というのはこの場合、どういうふうになるんだろうなと。同じ論調で「そういう女性を見たから、そういうことをするようになる。だからやめるべきだ」というのはうまく説明しきれないけれど、ちょっと言い過ぎだと僕は思っていて、元になる行為の意味を見極めないと、こういう論説は逆に怖い世の中を作ってしまう。
2010/03/08
一冊だけの本
単なる親ばか日記です。ご注意を。
不要になった束見本を3歳の息子にあげた。束見本(つかみほん)というのは、書籍や冊子の仕上がりの感じや厚さを確認するために作る、白紙を製本したもの。要するに表紙も中身も真っ白な本である。これまでは自分でノート替わりに使ったりしていたのだけど、試しに渡してみたら、鉛筆や色ペンでなにやら「執筆」を始める。製本してから中身を書くと言うのは新しい発行形態かもとバカなことを考えながら見ていたら、「完成したから、おとうにこの絵本プレゼント」するという。愛する息子にこんなことをされて喜ばない編集者はいるだろうか?いやいない。「うれしいわぁ。ありがとう!」と喜んでいたら、「今度はおとうが絵本作ってプレゼントして」という。
とっさのことで、情けないことに「本を作るにはまず出版企画書を・・・」みたいな手順が一瞬頭に浮かんだけれど、ちょっと考えて「そうだ!」と良いことを思いつく。これまで撮りためた息子の写真、ちっとも整理してなくて、ハードディスクに入れっぱなしになっているので、そこから選んで写真の絵本を作ればいいと。
約4年分の写真データを眺めて、52枚を選び出す。それを厚目の上質紙にインクジェットプリンタでプリントアウト。片面に写真を2枚。それを裏表に印刷。一枚目の紙がプリンタから吐き出され、その思いっきりインクを吸って沈んだ色合いの写真を見た途端「そうそう!この感じ!」と手づくりでフリーペーパーを作っていた頃を思い出した。この絶妙な写真の暗さやフォーカスのぼんやりした感じ、ざらついた質感が大好きだった。最近は忙しいからと自分に言い訳しながら、この手の制作から離れていた。
結局2時間ぐらいかけてせっせとプリントアウト。半分に折って真ん中を中綴じステープラーでバチンバチン。この作業も昔は嫌と言うほどやったけど、目の前で本ができて行く瞬間で、久しぶりにやってみるとやっぱり好きだ。完成した「絵本」はA5中とじ52ページ。
息子に渡したら、楽しそうに1ページずつ丁寧に見てくれた。嬉しい。でもそれよりも何よりも、僕が本当に好きだった作業を思い出させてくれたことに感謝、ありがとう。
2010/03/07
メンテナンス
十数年ぶりに歯医者に行って、歯石なども取ってもらいサッパリしました。こうなると、今度こそはきれいな歯をキープしたいわ、という気になってきて歯磨きも念入りに。
そうなんだよなー。子どもが生まれてから、自分のことはどうしても二の次にしてしまって、いろいろおろそかにしていたのです。が、もう息子も3 歳。随分手も離れてきて、来年度からは保育園に入ることでもあるし、ちょっと自分の身体を振り返ろう!という気分が高まっております。
で、実は産後の体重、最後の2kgが戻りきっていなくて、糸井重里さんお勧めの死なないぞダイエット始めてみてます。1日に朝晩2回体重を量る、というヤツです。まだ始めて1週間くらいなので、様子見。でも確かに自分の食べ方に意識が向くなー。
あとはやっぱりヨガを習慣にしていきたい。身体のメンテナンスに時間と手間を取ることは、遠回りなようだけど、結局はやれることが増えるんじゃないかなあ、という感じがしているのです。ものすごく。今年は自分の身体を丁寧に扱っていくぞー。
そうなんだよなー。子どもが生まれてから、自分のことはどうしても二の次にしてしまって、いろいろおろそかにしていたのです。が、もう息子も3 歳。随分手も離れてきて、来年度からは保育園に入ることでもあるし、ちょっと自分の身体を振り返ろう!という気分が高まっております。
で、実は産後の体重、最後の2kgが戻りきっていなくて、糸井重里さんお勧めの死なないぞダイエット始めてみてます。1日に朝晩2回体重を量る、というヤツです。まだ始めて1週間くらいなので、様子見。でも確かに自分の食べ方に意識が向くなー。
あとはやっぱりヨガを習慣にしていきたい。身体のメンテナンスに時間と手間を取ることは、遠回りなようだけど、結局はやれることが増えるんじゃないかなあ、という感じがしているのです。ものすごく。今年は自分の身体を丁寧に扱っていくぞー。
2010/03/06
キンチョーしてきた…
先日、コッソリと夜中の干し芋を堪能していた時、衝撃!の異物感。と思ったら、歯の詰め物が取れてしまったのだった…。まあ、十数年歯医者に行ってない ことだし、そろそろ仕方ないかー、というわけで、けんちせんせいお勧めの歯医者さんに予約。遠いんだけど、歯医者さんってかなり差があるみたいだし、余計 なことされたくないし、安全重視、信用重視で。
最初は久しぶりに行ってみるのもいいかー♪と、清々しい気分だったんだけど、いよいよ明日と思ったらやっぱりちょっと緊張してきたな…。虫歯もいっぱいできちゃってるし、どうなるかなー…。ううう。ドキドキ…。
最初は久しぶりに行ってみるのもいいかー♪と、清々しい気分だったんだけど、いよいよ明日と思ったらやっぱりちょっと緊張してきたな…。虫歯もいっぱいできちゃってるし、どうなるかなー…。ううう。ドキドキ…。
登録:
投稿 (Atom)